8月27日深夜福山を出発して、東日本大震災被災地の福島県南相馬市へ5人でボランティアに行って帰られた、東支部・神原卓志さんの感想です。
これまで7回のボランティアは岩手県宮古市などでしたので、地震・津波・原発被害という三重苦にあえぐ福島県での活動は初めての経験です。
現地責任者の宮前さんとともに三人一組で仮設住宅の訪問を行いました。市内小高区は原発から20㎞圏内にあり、今でも日中に限って出入りが認められる「避難指示解除準備区域」です。小高区から避難された20世帯ほどを訪問しお話を伺いましたが、近々帰宅できることへの安心とともに、本当に元の小高区に住めるのか?コミュニティは?生業は復旧するのか?という不安が垣間見えたように感じました。宮前さんの案内で福島原発に向かう途中で小高区を訪ねてその思いを強くしました。
原発は山越しにわずかに見えただけですが、富岡町の「仮設処理施設」に関する説明は衝撃でした。第2原発が稼働していない現在、富岡町を潤しているのは、この施設を稼働することに対する年間30億円の補助金です。
この施設は環境省が設置し、三菱重工業、鹿島建設など巨大企業が運用する超大型プラントで、放射性瓦礫を24時間体制で「野焼き」同然に燃やし続けているようです。選別・破砕は1日160㌧、鉄・石以外の泥も含む瓦礫の焼却(減容化)は1日500㌧ということでした。
大震災から4年半になりますが、復旧・復興には程遠い東北の皆さんに心を寄せた、息長い取り組みの必要性を今回も痛感しました。